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山の日レポート

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通信員レポート

ネパール・中国で発生した大規模土石流災害 現地レポート 3

2026.09.17

全国山の日協議会

科学委員会委員 現在カトマンズに滞在中であるマハラジャン、ケシャブ・ラルさんのレポート

被災状況
ネパールと中国で起きた大規模な土石流は、国境近くにあるランタン・りルン山の北斜面で発生した巨大な氷河と基盤岩盤の崩落が原因で、その後の複数の破壊的な自然災害で大きな被害を出したことは、過去2回の報告で確認されている。ただし、その被害の規模は本当に途方もなく大きい。実際の総被害は政府や関係機関の最終報告を待つ必要があるが、災害発生から13日目(ネパールでは多くの民族やコミュニティで亡くなった人を供養する大切な法事の日)である9月8日までに公表された被害状況をここでまとめる。
ネパール赤十字はこの大災害の被災者を約10万人と推定している。一時は16万人を超えるとも言われていた。この推定の根拠は詳細に確認する必要があるが、知人の警察官に聞いたところ、災害時の被災者推定方法はいくつかあり、携帯電話の通信シグナル、現地の選挙人名簿、市町村・区(ワード)民名簿、学校の先生・生徒名簿、役人、病院、ホテル、食堂、商店といった各種機関や営業所のオーナーや従業員、患者、地域住民の各種会員(商工会、女子会、青壮年会、各種武道協会、宗教団体など)の情報を集めるようにしているらしい。今回も同様に情報が集められ、赤十字に集約された可能性があり、その数は増えるかもしれないと言われている。なるほど、いずれも概算だ。災害時には情報が混乱したり、重複した情報があったりして、このような推定値は一般に大きくなる。情報が整理され、実際の被災者数が確認されることで、その数は減ることもある。情報が確定したとき、底を打った数は救助作業の終わりごろに少し増えることもある。
以上のことを踏まえて言うと、上にあげた10万人・16万人という数字は、大きく減ってほしいと願わずにはいられない。楽観的に考えて、実際の被災者が5万人以下になってほしいと思う。この数字には根拠はなく、ただひたすら少なくなるように個人的に願っているだけだ。いずれ、被災者の数は公的に確定されるだろう。
さて、今までの救助活動で約2万人は救助され帰宅済みで、約5千人は連絡がつかず、行方不明であると公表されている。この数はこれから変わることは確実だ。そのうち約1,000人はインド、中国、米国、日本、韓国、イギリス、ドイツ、オーストラリア、シンガポールなど、30か国以上の外国人が含まれる。外国人の多さについては後で触れる。また、既に1500人以上の遺体が発見され、100人くらいの身元は確認され、遺族に引き取られたようだ。そして、現時点で身元不明の数百の遺体はDNAなどを取って、後に身元が確認されれば遺族に引き渡せるようにし、チトワンなどの林の中に埋められた。遺体を腐敗させないように保存する冷凍施設が不足しているため、保健衛生の観点からも遺族を含め社会はそのことについて沈黙している。ネパール社会の大半はヒンズー教徒や仏教徒で、人が亡くなった際、決められた場所―ガートで荼毘に付し、法事を行わなければ亡くなった方は成仏もできず、サンズの川も渡れずあの世にも行けないという信じられている。魂がさまようことになれば世のためによくないと言われている。なので、私は少々驚きながらも不安に思うことがある。後々、このことが社会にどのような影響を及ぼすのだろうかと勝手に想像している。よくないことが何もないように願うばかりだ。遺体を見つけることをあきらめた一部の遺族は、13日の命日をもって亡くなった(とされる)人の人形を作り、荼毘に付して供養している。

図1:DNAサンプルとった後林の中に埋められる遺体運び

図2:川岸で荼毘に付している

さて、行方不明の数字について少し考えてみよう。5千人のうち、外国人2名を含め6名が発電所のトンネルや流された家屋の上の階から救助されているが、このように救助される数が今後1,000人単位になるとは想像しにくい。個人的には行方不明の方全員が助かってほしい。また、少なめに見た数値でも10万人と推定されている被災者のうち、約8万人がどのような救援を受けているのか不明だ。その人たちは避難所やレスキューセンターにいるのかなど、安否が気になる。最悪のことは想像もしたくないが、家屋がほぼ全滅したティムレ、シャブルベシは荒れた河原になっており、ティムレだけで125名の遺体が見つかっている。また、ホテルで前日に宿泊し、朝8時前にチェックアウトした115名の観光客も行方不明になっている。ベトラワティやビドゥールでも、土石の堆積によって川底が10メートル以上上がり、河原や中洲になっている。その一角であるベトラワティ・バザルでは、50~60軒の家屋が倒壊・流出しており、9割がなくなったと見られている。その地区だけでも125名の遺体が回収されている。

図3:大洪水後のボテコシ川が河原になっている

ほぼ3時間後、同地域で(地震波が弱いので場所は特定するのが難しいみたい)M4.2地震に相当する地震波も記録されていてこれも氷河・基盤岩盤の崩落によるものだとされている。つまり今回、氷河・基盤岩盤の崩落は一回ではなく2回起きているということである。氷河が溶ければ溶けるほど水量が増し流れが加速され、狭い流域の両岸の山を削り、土石を飲み込みながら急に下り、標高5140mからケルン国境地標高1800mまで、3300m以上の落差を距離にして約20㎞を7分(時速170㎞以上)で流れ、吉隆県(Kyirong/Gyirong/Jilong-xian;ネパール語=ケルン)国境にある中国の検問所をあと形もなく飲み込んだのである(レポート1の写真参照)。ラスワガディにあるネパールの国境検問所も同様にあと形もなく飲み込まれていた。

図4:大洪水後のボテコシ川が河原化し道路の姿がない

レンデ川はネパール内ではボテコシ川・トリスリ川となり南へ流れ、やがてネパール・インド国境を越え、インドではガンダク川としてウッタルプラデシュ・ビハール州で大きくなりガンジス川に流れ込む一つの大きな支流となる。今回の大洪水はインドのこれらの地域にまで確認されている。
ボテコシ川・トリスリ川は狭い山間流域を勢いが衰えることなく、その大洪水は反乱道・河川では削り取る両岸の土石、樹木の外に集落、町、道路、橋、発電所、工場、倉庫、人家、学校、病院、車、畜舎、農場、家畜、作物、人間等ありとあらゆるものをあっという間に飲み込みながら重たいデブリなどはそこいらじゅう堆積する。そして開けたところでは数十メートルの川幅が1㎞以上の幅に氾濫し、町などを呑みこまれたのである。洪水の流れが緩くなったところでは多くのものが堆積され川底は10m以上上がったと地域住民は言っている。とりわけベトラワティ、トリスリ、ビドゥール、デブガート、ガルチ、の町ではそのような現象がみられる。

図5:洪水後土石の堆積で川底があがり中州になったトリスリ川

念のために言うと、2015年のネパール大地震の際のネパール、インド、中国、バングラデシュを含む死者は8,962名、負傷者は21,952名だった。今回の災害の死傷者がそれに達しないことを願う。同じ災害でも、地震と洪水は違う。地震の場合、地震が起きた場所で、倒壊した家屋やがれきの下に埋もれたりして、火災が発生した現場で被害を受けるため、救助活動もその場を中心に行われ、比較的集中して行動できる。がれきに埋もれても、隙間で救われることが多々ある。一方、洪水の場合、流される際に川岸に飛ばされたり、家屋の上階に逃げたりして助かることもあるが、流されると水を飲み込んだり、岩などにぶつかって負傷するため、助かる時間が短くなる確率が高く、生存率が低いと考えられる。今回も、北のラスワやヌワコートで被災した25名以上の遺体は、インドのベティア地域を流れるガンダク川で引き上げられている。また、ネパール南部の町チトワンやナワルパラシのナラヤニ川でも、100体単位の遺体が引き上げられている。カトマンズ盆地を主な居住地とするネワール社会では、昔から言われる「火遊びと水遊びは禁止」という教えを生き生きと思い浮かべることができる。もちろん、災害は遊びではないが、この教訓は、火や水が暴れる可能性のある場所から遠ざかるべきだということを示している。このことは、インフラや工場の建設、住宅街、町づくり、教育施設、病院等の施設に関する施設を作ることについても言える。次回は、なぜ被害が想像を絶する規模になったのかについてまとめることにする。

2026年9月10日
マハラジャン、ケシャブ・ラル 
地域農林経済学会副会長

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