
山の日レポート
通信員レポート
ネパール・中国で発生した大規模土石流災害 現地レポート 2
2026.09.09
第2報告を早めに書くつもりだったが、なかなか気が進まない。この間だらだら情報を集めるだけになっていた。今日はなんとかせないかんと思いパソコンの前に座っている。気が進まない理由はいくつかある。まず、今回起きたことを自分で正しく理解するには自分の知識不足であること、そしてその被害があまりにも大きく、ニュースで流れてくる死傷者の日に日に膨れ上がる数、悲惨な状態の遺体(手足、胴体だけの部分的遺体を含む)、各遺体安置所・レスキューセンター・避難所などで、途方に暮れながら一生懸命に自分らの家族・親族・友人らを探している人々の姿、あらゆる障害を乗り越え24時間体制で懸命に救命・救助作業に励んでいるレスキュー隊の活動、それにもかかわらず特に被災者の遺族・親族が期待する程成果が上がらないことに対して落胆する人々、それを政治的に利用しようとする一部の政治屋、さらにこれを面白おかしく伝える一部ソーシャルメディア(ティクトク、Xなどを使う個人を含む)で正確ではない情報の乱立等で自分の気分が滅入っていた。
それで気持ちを入れ替え、今回、8月26日起きた大災害について今までの情報の基に理解したことを中心に前回の「何が起こった?」を補強する。今回、被災状況についてまとめる。次回以降、救援・復旧についてまとめ、このような自然災害について考える。
何が起こった:補強
前回「8月26日ラスワ地方の天気予報は晴れのち雨で、前日に続いて雨はなかったようである。しかし9時前頃、突然鉄砲水が猛烈な勢いで流れてきた。画像ではその濁流が中国の国境検問所とぶつかり大きな波を作りあっという間にその雄々しい立派な建物、駐車中の数十台のバス・車などを飲み込み鉄砲水が流れた。」と記した。しかし、上記文章ではその現象を正確に説明しきれていない。8月27日に安否を気づかって連絡してくれた知人には「鉄砲水なのにヘドロみたいな泥水?地球、気候、チベット、ヒマラヤ地域の地層はどうなっているのか色々と学ぶことが多くあると思います。」と返事した。つまり、画像で見る鉄砲水は今まで私がインド、日本、ネパール、バングラデシュ、ブータンなどで経験した土石流・濁流と違っていた。デブリを含むその洪水は土石流・濁流の表現だけではとらえきれないほど土石が含まれ、スラリーや泥漿そのもので、それが地上(川の水面)から10m、所によっては30mの高さで水壁のように下へくだってくる。前回私はそれを「内陸津波」と表現したが、ネパールのカナル外務大臣はそれを海ではなくヒマラヤからの劇的流れで「ヒマラヤ津波」と表現した。ラスワガディ~シャブルベシの流域を上から見るとそれは厚い雲が流れているように見えるぐらいである。おそらく土ぼこり、水蒸気が林の中から上がってくるからそう見えるのだろう。さて、その洪水の中身は何だろう?確かに学ぶべきことが多い。

図1:氷河・基盤岩盤の崩落場及び大洪水発生・流域渓谷

図2:氷河・基盤岩盤の崩落
災害が地震によるものではないことは内外の専門家によって、地面上の地震波、サテライト画像、ドローンなどによる写真、ヘリからの観察等によって確認されている。USGS(米国地質調査所)によれば当日8:37時ネパール時間(10:52時中国時間)ネパール・チベット中国国境沿いにМ5.2地震に匹敵する地震波があった。それは、国境近辺にあるランタンりルン山の北斜面で起きたとてつもない氷河・基盤岩盤の崩落(スイス・チューリヒ大学の専門家によれば先に岩盤が崩落し続いて氷河が崩落)、によるもので、落下の垂直距離は約1㎞、幅600m、厚さ50mともいわれ、その重さは4・4mt(メガトン)にもなると。この氷河・基盤岩盤は国境のレンデ川に落下し、その圧力。発生される熱等で氷河が解け、岩盤が砕かれ、流れ、また一部は自然に堰止め・決壊して南ネパールの方へ猛烈な勢いで流れ込んだのである。

図3:氷河・基盤岩盤の崩落、岩盤が砕かれ、氷が解け、斜面土と一緒に流れる
ほぼ3時間後、同地域で(地震波が弱いので場所は特定するのが難しいみたい)M4.2地震に相当する地震波も記録されていてこれも氷河・基盤岩盤の崩落によるものだとされている。つまり今回、氷河・基盤岩盤の崩落は一回ではなく2回起きているということである。氷河が溶ければ溶けるほど水量が増し流れが加速され、狭い流域の両岸の山を削り、土石を飲み込みながら急に下り、標高5140mからケルン国境地標高1800mまで、3300m以上の落差を距離にして約20㎞を7分(時速170㎞以上)で流れ、吉隆県(Kyirong/Gyirong/Jilong-xian;ネパール語=ケルン)国境にある中国の検問所をあと形もなく飲み込んだのである(レポート1の写真参照)。ラスワガディにあるネパールの国境検問所も同様にあと形もなく飲み込まれていた。

図4:ヒマラヤ津波
レンデ川はネパール内ではボテコシ川・トリスリ川となり南へ流れ、やがてネパール・インド国境を越え、インドではガンダク川としてウッタルプラデシュ・ビハール州で大きくなりガンジス川に流れ込む一つの大きな支流となる。今回の大洪水はインドのこれらの地域にまで確認されている。
ボテコシ川・トリスリ川は狭い山間流域を勢いが衰えることなく、その大洪水は反乱道・河川では削り取る両岸の土石、樹木の外に集落、町、道路、橋、発電所、工場、倉庫、人家、学校、病院、車、畜舎、農場、家畜、作物、人間等ありとあらゆるものをあっという間に飲み込みながら重たいデブリなどはそこいらじゅう堆積する。そして開けたところでは数十メートルの川幅が1㎞以上の幅に氾濫し、町などを呑みこまれたのである。洪水の流れが緩くなったところでは多くのものが堆積され川底は10m以上上がったと地域住民は言っている。とりわけベトラワティ、トリスリ、ビドゥール、デブガート、ガルチ、の町ではそのような現象がみられる。

図5:両岸を削りながら渓谷では茶色、その他では灰色、とてつもない破壊力を見せる
この大洪水は複数要因によって起こり地域によって洪水の内容(水量、飲み込まれ含まれるもの)、性格(流れ、氾濫、等)が異なる。特にティムレ、シャブルベシの川沿いのバザル、人家、宿泊施設、食堂・レストランなどは完全に流され、それ以降は洪水の中には、デブリ、泥漿、雑木だけではなく、橋、ダム、建物、車、人間など多く含まれるようになった。

図6:農地、市街地問わずあっという間に飲み込む
カトマンズにある国際機関ICIMOD(国際総合山岳開発センター)は14ヶ月前にもレンデ川に洪水があった。規模が小さかったので被害も大きくなくあまり注目されず地域住民の印象も薄く、あまり記憶にも無いようである。また、2015年のМ7.8のネパール大地震の際も震動によって今回の様にランタンりルン山の南斜面が標高約5000mの高さから崩落し、標高差約2000m滑り落ち、一時期はヒマラヤ・山岳登山家・愛好家にはメッカと言われていた美しいランタンバレーは完全に破壊された。その際、200人以上の死者が出ている。
ネパールの人々は、今回の大自然災害はヒマラヤ・地球の破滅の始まりではないかと言っている。北極、南極に次ぐ第三極と言われるヒマラヤはその含有水量・大陸形成においてもとても重要なのでその言葉の重みは心に響く。
2026年9月8日
マハラジャン、ケシャブ・ラル
地域農林経済学会副会長
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