
山の日レポート
「一人の想いから始まる山 ― 岐阜・里山をつなぐ人々」第2話:「美濃國山城トレイル」と坪井繁和氏
2026.05.17
本稿は、岐阜県の塩原将さんよりご提供いただいた原稿を基に
山の日協議会で編集を行なったものです。
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岐阜県西濃地区は、一面に広がる濃尾平野を取り囲むように山々が連なり、木曽三川と呼ばれる木曽川・長良川・揖斐川が流れる自然豊かな地域です。夏はうだるような暑さに、冬は積雪に見舞われるなど、日本の四季を色濃く感じる土地でもあります。
その里山を盛り上げようと活動している注目したい組織があります。
それが「美濃國山城トレイル実行委員会」です。
美濃國山城トレイルは、濃尾平野に連なる標高200〜400m程度の里山をつなぎ、一つのロングトレイルとして楽しむとともに、里山の魅力や史跡を巡ることができる取り組みです。郷土の魅力を再発掘する起爆剤となることを目的とした団体でもあります。そんな美濃國山城トレイルの代表を務めているのが、坪井繁和さんです。
坪井さんは、故郷である揖斐川町を舞台に、自分らしい形で地域を盛り上げることができないかという思いを抱きながら活動してきました。揖斐川の源流から海まで走破したり、揖斐の山々を縦走したり、廃道となった峠道を歩いたりするなど、さまざまな挑戦を通して模索を重ねてきました。

坪井繁和氏
坪井さんは、伊勢の式年遷宮をきっかけに伊勢参りや出雲参りを重ね、さらに熊野三山巡りへと歩みを進める中で「熊野古道」と出会い、ロングトレイルの魅力に強く惹かれていきました。なかでも、大峯奥駈道において100kmを超える縦走を成し遂げた際の感動は格別で、熊野川を渡ってたどり着いた大斎原の光景は、今も胸に深く刻まれているそうです。
「この体験を地元でも実現できないか」
――そう考えながら揖斐の山々をつなぐ活動を続けていた折、揖斐から岐阜城までを結ぶトレイルランナーたちと出会い、「揖斐坂祝ロングトレイル」の挑戦に加わりました。坪井さん自身は本格的なトレイルランニングの経験こそなかったものの、登山で培った縦走経験を生かし、時間をかけて100kmを踏破。ルートづくりの一端を担うことができました。

ルートが形になるにつれ、「この道で大会を開催したい」という声が自然と高まりました。坪井さんは広告業に携わっていた経験を生かし、名称やロゴ、キャラクターのデザインを手がけます。こうして「美濃國山城トレイル」という名称が誕生したことで、この流れは一気に加速していきました。
しかし当初は、全体を統括する体制が整っておらず、思いだけが先行する状況で、大会開催は困難と考えられていました。そこでまず、エリアごとに役割を分担し、いびがわマラソンで実績のある揖斐川町小島地区の方々と連携。さらに、各地域の山に関わる関係者へと働きかけ、協力体制の構築を進めていきました。こうした取り組みの結果、半ば手探りの状態ながらも、プレ大会の開催にこぎつけることができました。
大会は、不眠不休で支えるボランティアの尽力に支えられた、決して万全とは言えない運営体制でしたが、幸いにも大きな事故なく無事に終了しました。100kmを踏破した参加者たちの笑顔と達成感は、この取り組みが里山の新たな活用につながる可能性を強く示すものでした。
一方で、このままでは継続的な発展が難しいという危機感も生まれました。そこで、地域に根差した体制を築くため「美濃國山城トレイル実行委員会」を発足。プレ大会に関わった仲間たちの支えを受けながら、少しずつ組織としての輪を広げていきました。

美濃國山城トレイル実行委員会は、「道をつなぐ」という思いから始まりました。山と山をつなぎ、人と人とがつながり、その先に地域と未来がつながっていく――そんな願いが込められています。
私たちは、この土地に眠る里山の価値を信じ、仲間とともに一歩ずつ道を切り拓いてきました。その歩みは決して平坦なものではなく、試行錯誤を重ねながら、ようやくここまでたどり着いたものです。
そして、
「2027年3月5日・6日・7日」――第一回大会の開催。
これはひとつの到達点であると同時に、新たな出発点でもあります。大会の開催そのものが目的ではなく、その先にある里山の保全と活用、そしてこの道を未来へとつないでいくことにこそ意義があります。
海のない岐阜県において、源流から流域をまたぎ、山々をつなぐロングトレイルは、次世代へ受け継ぐべき地域の財産です。実行委員会は、大会運営を礎としながら、やがて里山保全を軸とした持続的な活動へと発展していくことを目指しています。
