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山の日レポート

山の日レポート

良くわかる今どきの山の科学

【連載:山の科学4】気温減率は季節によって変わります

2022.01.11

全国山の日協議会

信州大学名誉教授・特任教授 大町市立山岳博物館館長 鈴木啓助

高い山で休憩する時にザックから袋菓子を出すと、袋がパンパンに膨らんでいます。これは、標高が高くなると気圧が小さくなるので、袋の中の空気が膨張するためです。ちなみに、国内で販売されている袋菓子は、富士山の山頂でも破れないように考えられているそうです。
袋の中の空気が膨らむ時には、空気が持っているエネルギーの一部が膨張のために消費されますから、袋の中の空気の温度は低下します。空気の塊が周りとの熱のやりとり無しに高い場所に移動する際の膨張(このことを断熱膨張と言います)によって温度が低下する度合いを、断熱減率と言います。水蒸気が飽和していない空気の場合は、乾燥断熱減率と呼び0.98 ℃/100 mの度合いで温度が低下します。空気が水蒸気で飽和している場合は、湿潤断熱減率で0.5 ℃/100 mとなります(厳密には気温と気圧に依存します)。乾燥断熱減率に比べて湿潤断熱減率の値が小さいのは、水蒸気で飽和している空気の温度が低下すると、水蒸気は凝結して液体となりますから、その際に凝結熱を放出して、温度が低下する度合いを少なくするためです。なお、対流圏内での平均的な気温減率は、0.65 ℃/100 mです。

私たちが、中部山岳地域の13カ所に気温計を設置して調べた、月ごとの気温減率の例を図1に示します。それぞれの地点での気温は、季節によって変わりますが、気温減率も季節によって変化することがわかります。

図1.中部山岳地域の13地点における標高と月平均気温の関係。気温減率の値も図中に示す。(鈴木・佐々木、地学雑誌、2019から引用改変 図2も)

また、図2に示すように、同じ季節でも年によって異なることがわかります。気温減率の季節ごとの変動傾向は、春先に気温減率が0.7 ℃/100 mを超えることがあり、秋には0.4 ℃/100 m程度になることもあります。大気中の水蒸気量が気温減率と関係することを前述しましたが、比湿(空気の質量と水蒸気の質量の比)の大小が気温減率に関係することが知られています。図2には、それぞれの月での比湿も示しますが、春先に小さく秋に大きくなっています。冬から春にかけては空気が乾燥し、夏から秋には比較的湿りがあることは、体感的にも納得できるのではないでしょうか。

図2.月ごとの気温減率と比湿の変動。

もちろん、いつもいつも低地から山頂にかけて気温が一様に低下するわけではありません。例えば、冬の上高地の梓川沿いではマイナス20℃を下回ることもあります。これは、風が弱い晴れた夜には、太陽からの日射エネルギーの恩恵がないのに、地表面からは上空に向かって熱が放出されています(これを放射冷却と言います)。すると、地表面が冷えることによって、その上の空気も冷えていきます。冷たい空気は重くなりますから、細長い盆地のような地形の上高地には冷気がどんどん溜まっていき、明け方には最も寒くなります(まさに「夜明け前が一番寒い」です)。このような時は、山の中腹で最も気温が高くなります。

先ほどは、断熱膨張の話をしましたが、逆に、空気の塊を周りとの熱のやりとり無しに上空から下方に運ぶ際には圧縮されます(このことを断熱圧縮と言います)から、空気の温度は高くなっていきます。このような時に起こるのが「フェーン現象」です。風上側の山の斜面を上昇する時には、湿潤断熱減率で気温が低下し、山頂から風下側に吹き下ろす時には乾燥断熱減率で気温が上昇するので、風下側の低地の気温がとても高くなります。

冬の松本の朝は放射冷却でとても冷えますから、フェーンによる高温が羨ましくも思えるのですから不思議なものです。

槍の肩での気象観測

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