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立山信仰の世界へようこそ!【連載1】立山曼荼羅にみる、こころとカタチ
2025.08.15
富山県にそびえる立山は、その類まれな景観と深く結びついた「立山信仰」が、約1300年前から受け継がれてきたといわれています。
このたび、富山県立立山博物館 館長の高野靖彦さんに、「立山信仰」について全12回(予定)の連載をお願いすることになりました。どうぞご期待ください。
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みなさん、こんにちは。富山県[立山博物館]館長の高野と申します。
立山、富士山、白山は「日本三霊山」と呼ばれています。立山は、平安時代の「今昔物語集」に登場するように、平安時代から山岳信仰の山としてその名が都でも知られていました。それでは、立山をめぐる山岳信仰とはどのようなもので、どのような特色があったのでしょうか? これからの連載をとおして、日本人が山とかかわりをもつなかで生み出した「立山信仰」の一端をわかりやすくご紹介したいと思います。
第1回目の今回は、江戸時代の立山信仰のこころとカタチが凝縮されている、立山曼荼羅という絵画を見ていきましょう。
立山(右から雄山、大汝山、富士の折立)
立山曼荼羅とは、立山信仰をひろめ、立山への参詣をすすめるために描かれた宗教的な絵画です。現在確認されているのは54点(令和7年8月現在)で、その多くは江戸時代に制作されたものです。そのうちの11点は、国の重要有形民俗文化財に指定されています。現在は、立山曼荼羅と呼ばれていますが、江戸時代の立山衆徒(たてやましゅと・立山の芦峅寺と岩峅寺の宿坊の主人)は「御絵伝(ごえでん)」や「立山絵図」などとも呼んでいたようです。
江戸時代の立山衆徒は、農作業が終わった冬から春先にかけて、この絵画を布教先へ持ち運び、庄屋の住宅や寺院などに掛けて「絵解き」という芸能・話術をもって立山信仰を布教していました。はじめは大きな継紙に絵を描き、それを折りたたんで運んでいましたが、折り目が傷みやすいため、絵を分割して掛け軸式の絵画(巻物)にして運ぶようになったと考えられています。54点のうちの半分近くが4つの掛け軸を横にならべて大きな絵にする形態です。1幅のものから5幅のものまであります。
54点の立山曼荼羅は、全く同じ絵のものはありません。必ずどこかが違っているのが立山曼荼羅の特色の一つです。この謎については後ほど考えてみましょう。
立山の主峰・雄山山頂にある雄山神社峯本社
立山曼荼羅は、剱岳から別山、立山そして浄土山までの山々の範囲が描かれ、大きく5つのモチーフからなっています。
①立山開山縁起
佐伯有頼(さえきありより)という少年が父の大切にしていた白鷹(しらたか)を逃がしてしまい、探します。それを邪魔した熊に弓を射たところ、熊は逃げていきます。その熊を追いかけ、やがて立山山中の玉殿窟(たまどののいわや)のなかで熊の化身であった阿弥陀如来に出会い、発心して慈興上人(じこうしょうにん)となり、立山を開いたとされます。
②立山地獄
立山山中の地獄谷に広がる閻魔王宮と地獄の世界
③立山浄土
浄土山から来迎する阿弥陀如来と25の菩薩(さらには阿弥陀三尊)
④立山禅定名所
立山禅定登拝道にある名所・名跡
⑤布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)
毎年秋の彼岸の中日に芦峅寺集落で行われた女性救済の儀式
立山曼荼羅は、芦峅寺系のものと岩峅寺系のものに大別されます。芦峅寺系のものは、布橋灌頂会や立山大権現祭などの芦峅寺の祭礼行事が大きく描かれ、逆に岩峅寺系のものにはそれらが描かれていません。
立山曼荼羅 吉祥坊本(富山県[立山博物館]蔵、国指定重要有形民俗文化財)
立山衆徒は、檀那場(だんなば)と呼ばれる布教先においてこの絵画を用いて「絵解き」という芸能話術をもって「立山開山縁起」、「立山地獄」、「立山浄土」、「立山禅定名所」(主に岩峅寺の衆徒による)、「布橋灌頂会」(主に芦峅寺の衆徒による)を語りました。「絵解き」による唱導によって、全国各地の檀那場から立山信仰にもとづいて立山に参詣に訪れる人が増加しました。
ところで、幕末期の嘉永7年(1854)に岩峅寺延命院の玄清(げんせい)という僧侶が、岩峅寺での立山曼荼羅の絵解きの種本(台本)をまとめました。その理由は、岩峅寺衆徒の「絵解き」の内容が宿坊ごとにあまりにもバラバラで、これでは聞く人が混乱する、と心配したためです。
ということは、江戸時代の立山曼荼羅の「絵解き」の内容は、岩峅寺や芦峅寺の宿坊ごとに違っていて、そのことが立山曼荼羅の図像の違いに反映されているのではないかと考えられるのです。つまり立山曼荼羅とは、江戸時代の立山信仰の豊かな精神文化を今に伝える貴重な資料であると言えるでしょう。
玉殿窟(たまどののいわや)の場面
立山地獄の場面
立山浄土の場面
立山禅定名所(獅子ヶ谷)の場面
それでは、次回は、奈良時代の立山の信仰世界へタイムスリップしてみましょう。連載にお付き合いいただければ幸いです。
執筆・投稿:高野靖彦(富山県[立山博物館]館長)
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布橋灌頂会の場面
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