
山の日レポート
通信員レポート
上山市民俗行事『加勢鳥』由来と歴史
2026.03.03
加勢鳥は、五穀豊穣・家運隆盛をもたらす歳神様の来訪行事で「小正月に遠い土地からやってくる神の声によって1年の豊かさを祝う」という信仰から生まれたと考えられ、江戸時代から(山形県上山市)に伝わる伝統行事です。
毎年2月11日、加勢鳥は「ケンダイ」と呼ばれるワラで編まれたミノを頭からすっぽりかぶり「カッカッカー」と奇声を発しながら城下町を練り歩きます。
「稼ぎ鳥」が語源とれる加勢鳥は、商売繁盛、五穀豊穣を願う民俗行事として古くから親しまれてきました。そして加勢鳥に浴びせかけられる水は「祝い水」と呼ばれ、清潔できれいな水は「祝い水」と呼ばれ、五穀豊穣、家運隆盛を願う行事として大切にされてきました。
又、江戸時代の大火の際火喰い鳥が空を舞い類焼させたように見えたことから、鳥に水をかける加勢鳥には火伏の意味がこめられていると言われています。
ぜひ、2月11日に山形県上山市で開催される加勢鳥の演舞を、ご覧にお越しいただければ幸いです。

写真提供:一般社団法人上山市観光物産協会
加勢鳥は、五穀豊穣・家運隆盛をもたらす歳神様の来訪行事で「小正月に遠い土地からやってくる神の声によって一年の豊かさを祝う」という信仰から生まれたと考えられ、「御前カセ」と「町方カセ」が行われていました。
御前カセは、寛永年間頃(一六二〇年代)に始まり、毎年旧正月の十三日、上山城に昇殿を許された高野村(現在の上山市高野地区)の若衆3人が、御前で加勢鳥を披露。御殿では新しい手桶と柄杓で加勢鳥に水をかけ、酒と銭一貫文でねぎらいました。
一方の町方カセは、旧正月の十五日、周辺部の各村から集まってきた若衆が、商家の連なる町中の門々を歩き回り、出迎える町の若衆は裸になって手桶の水を争うようにかけ、町人たちは商売繁盛や火伏せを祈願してご祝儀を出し、酒や切り餅を振る舞いました。

上山城に昇殿を許された若衆3人が加勢鳥を披露 写真提供:一般社団法人上山市観光物産協会
明治維新後、加勢鳥は旧藩時代に重要視された行事として廃止の宣告を受けますが、町方カセは、防火の慣習としてその後も続けられました。しかし、明治二十九年(一八九六年)、加勢鳥は遂に廃止に追い込まれます。
それから六十三年後の昭和三十四年(一九五九年)二月、有志が集い、途絶えていた伝統を復活させます。
そして、昭和六十一年(一九八六年)七月に上山市民俗行事「加勢鳥」保存会が結成され、上山に伝わる貴重な民俗行事が継承されています。
毎年二月十一日、加勢鳥は「ケンダイ」と呼ばれるワラで編まれたミノを頭からすっぽりかぶり「カッカッカー」と奇声を発しながら城下の街を練り歩きます。
現在、加勢鳥のケンダイを「どんぷ」と呼ばれる道具で編みあげるのは会員の梅津・須田の2名のみになりました。加勢鳥が履く草鞋は、楢下宿の遠藤宰吉さん他皆さんが一つひとつ丁寧に手作りしています。

「カッカッカー」と奇声を発しながら城下の街を練り歩く 写真提供:一般社団法人上山市観光物産協会
「稼ぎ鳥」が語源とされる加勢鳥は商売繁盛・五穀豊穣を願う民俗行事として古くから親しまれています。
◎水をかける
加勢鳥に浴びせかけられる水は「祝い水」と呼ばれています。
その昔、清潔できれいな水は五穀豊穣・家運隆盛をもたらすということから、水にあやかって繁盛を願う行事としても大切にされてきました。
また後の、江戸時代の大火の際、火喰い鳥が空を舞い類焼させたように見えたことから、鳥に水をかける加勢鳥には火伏せの意味が込められました。
◎手ぬぐいやタオルを巻く
加勢鳥が来訪すると、加勢鳥のケンダイ頭部に新しい手ぬぐいやタオルを巻いて、一年の「商売繁盛」「五穀豊穣」「家内安全」「火の用心」を願います。
◎加勢鳥のワラ
神の化身である加勢鳥。そのケンダイから抜け落ちたワラ1本1本に神が宿ると考えられており、縁起物とされています。
また、加勢鳥のワラで女児の髪を結うと、黒髪の豊かな美人になると言われています。

加勢鳥に浴びせかけられる「祝い水」 写真提供:一般社団法人上山市観光物産協会
◎ケンダイ
ワラで編まれたケンダイの重さは
4kg~6kg、水を含むとその重さは10kg~12kg にまで増えます。
◎銭さし籠(ぜにさしかご)
青竹の先にザルをつけた物は「銭さし籠」と呼ばれ、加勢鳥の労をねぎらうご祝儀が入れられます。ご祝儀に対しては、古峯神社の火伏せの御札が用意されています。

ワラで編まれたケンダイ 写真提供:一般社団法人上山市観光物産協会
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