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山の日レポート

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通信員レポート

ミスター富士山手記【運命の生涯登山】 7.日本横断(日本海〜太平洋3000m峰全座制覇)

2026.05.19

全国山の日協議会

30日間日本横断への挑戦

文・写真提供 實川欣伸さん

52歳、富士山登頂が60回を超えた頃、会社で同僚に“親不知~北アルプス~太平洋日本横断”を45日間で踏破した登山者の新聞記事を見せられる。「自分ならもっと短期間でできるのではないか?」と、猛烈に興味が湧き、クビを覚悟し34日間の有給申請を出してみると、何と受理され、出発の三日前に許可が下りた。‘95年7月17日から30日間目標に、親不知~3000m峰全座制覇の日本横断に挑んだ。出発日の上越地方は、なんと100年に一度の豪雨で信越線が不通だった為、上越線で早朝の親不知駅に降り立ち、土砂降りの中、親不知海岸に到着。栂海新道の情報を聞くと「人が歩けるどころではない」と言われ、近くの親不知ホテルに宿泊する事になってしまったが、宿のオーナーが北アの船窪小屋も経営、登山道の情報を得る事もできた。「水場が一カ所しか無いので雨天の方が水に困らないから」と言われ勇気を頂き、翌早朝出発。沢だか登山道だか分からない道を登り早速ビバークを覚悟したが、日没寸前の栂海山荘泊。古い無人小屋で一晩中獣の鳴き声に悩まされた。

到着した親不知駅

日没寸前の栂海小屋

ドアの無い避難小屋

翌日、犬ヶ岳に向けて歩き、稜線では水節約で木々の葉の露を吸う、甘く美味しかった。残雪が多く、アヤメ平では水芭蕉が咲き楽園の様だったが雪解け水の音が大きく恐ろしかった。小雨の朝日岳を前にし、夕暮れの大雪渓にルートを阻まれた上に暴風雨の為ビバーク。

翌日、小雨で誰一人会わずルートも不明な中、雪倉のドアーが無い無人小屋に着き、中にテントを張って寝た。朝出発をしようとするも谷から吹き上げる強風に何回も押し戻され断念。夕方寝ようとしたところで「誰か居ますか?」と、男性の登山者が入ってきた。驚いたが、その男性は「あと焼岳一座で日本百名山完登になる」と話していた。翌日、白馬岳に向かう。クレバスが多く、下からの登山禁止で登山者がいなかった。唐松山荘から欅平に向かうも、豪雨で登山道が崩壊し登山禁止のためルートを変え冷池山荘へ。テント泊の登山者に話しかけられ雪解け水で割ったウイスキーを御馳走してくれた。

アヤメ平

冷池山荘着〜雪解け水で割ったウィスキーをご馳走してくれた、テント泊の登山者

槍・穂高連峰を越えて

翌朝扇沢に向け出発。爺ヶ岳手前で初めて富士山を見た。雪倉から付かず離れず歩いてきた男性は烏帽子岳へ向かうと別れた。室堂に渡り3000m峰1座目の雄山、2座目の大汝山登頂。山小屋は何処も満員で最後の雷鳥荘で泊めて頂く。
正直、疲れ果て立山でリタイヤするつもりだった。風呂に入り鏡に映る自分の顔が真っ黒で痩せこけ、他人だと思い周りをみるが自分しか居なかった。ビールを飲み寝て、朝起きると、昨日までの疲れが取れていて“温泉と酒は身体に良い”と実感した。

それからは天気にも恵まれ快調に歩く。7/26、スゴ乗越から中央大学ワンダーフォーゲル部と抜きつ抜かれつで歩き、薬師岳で彼らと写真を写す。後日、北ア縦走記録を送ってくれた。夕方薬師沢小屋着。釣り人から岩魚を沢山釣ったと夕食に焼いて頂く。翌朝雲ノ平へ。昼過ぎに三俣蓮華岳を登り双六山荘着、定員の二倍位の宿泊者だ。翌日、西鎌尾根を経て3座目の槍ヶ岳登頂、大喰岳(4座)、中岳(5座)登頂。天狗原を経て6座目南岳を登り北穂高山荘泊。7/29、山荘から10分程で北穂高岳登頂(7座)~涸沢岳(8座)~8:15奥穂高岳(9座)、9:30ジャンダルム登頂(10座)。奥穂を経て紀美子平、13:00前穂高岳登頂(11座)。紀美子平に戻り岳沢ヒュッテから大正池ホテル泊。

薬師岳

人の温かさに触れる

翌朝、釜トンネルを抜けスーパー林道を歩く。白骨温泉~三本滝…車が渋滞しており歩く私は見世物の様だった。位ヶ原山荘泊。翌朝15分で乗鞍岳登頂(12座)。野麦峠への下山を間違え阿多野部落へ。20:00開田村民宿で満室と言われたが懇願して泊めてもらった。異様な姿で断られたのか?事情を話すと良くしてくれた。翌朝、弁当に「道中、気をつけて」と手紙が添えられていた。開田高原キャンプ場~御岳山登山口。苔むす裏登山道だ。13座目の御岳山登頂。日没前に千本松三晴荘泊。8/2、中央ア目指す。途中雷雨に遭遇、夕方駒石山荘着。8/3、5:00発~木曽駒山頂、13:00中岳、14:00前岳、20:00民宿八幡屋泊。8/4、5:00南ア目指して天竜大橋を渡り、夕方出口屋旅館着。8/5、8:00南ア林道入り口、15:00北沢峠南ア林道入口、夕方、薮沢小屋泊、客に話すと「凄い!」と酒を御馳走になる。8/6、7:00に14座目の仙丈ヶ岳登頂。15:00左俣大滝、17:00北岳肩の小屋泊~8/7強風で寒い中、5:00北岳登頂(15座)。

北岳山荘から中白根山登頂(16座)~間ノ岳登頂(17座)、農鳥小屋を経て10:30西農鳥岳登頂(18座)~11:00農鳥岳登頂(19座)、農鳥小屋に戻り熊野平小屋泊。翌8/8阿部荒倉岳越で塩見岳東峰(20座)~15分で塩見岳西峰登頂(21座)。17:00三伏峠泊。8/9 13:00荒川前岳登頂(22座)~20分後、荒川中岳登頂(23座)。夏雲の中に富士山が聳えていた。14:00悪沢岳登頂(24座)~14:30丸山登頂(25座)~悪沢岳を経て荒川小屋泊。8/10濃霧と強風の中、大聖寺平から26座目、小赤石岳登頂。40分後、赤石岳登頂(27座)~百聞洞山の家、小兎岳を経て28座目の聖岳登頂。17:00聖平小屋、素泊まりで食事無くビールだけの晩餐。8/11最後の富士山目指して椹島、転付け峠越~大滝温泉泊。8/12雨畑~早川橋辺りで行商人に「何個でも食べていけ」と大きな桃を御馳走になる。瑞々しく美味しかった。人情に感謝。夕方下部温泉郷で宿を探すが、真っ黒な顔と異様な姿で?断られ、富士宮市猪之頭まで歩き、民宿・水口屋泊。

⑪赤石岳(27座目)

29日間の果ての達成感

8/13白糸の滝付近のスーパーで食糧補給~昼過ぎ富士山スカイラインに入ったが安心感から疲れが出たのか身体が思うように動かなかった。17:00表富士グリーンキャンプ場バンガロー泊。8/14スカイライン旧料金所~10:30富士宮五合目登山口で昼食~15:00最後の3000m峰29座目、富士山登頂を果たした。六合目宝永山荘泊~8/15 4:00出発~9:00水ヶ塚公園着。朝食と水分補給をし12:00富士山資料館前~須山~裾野市役所~246号線を歩き、19:40日が暮れた沼津千本浜海岸に到着。29日間の日本横断、3000m峰29座を踏破した。

薄暗い海を見ながら、ただボーっとしていた。

何の喜びも感動も無かった。

無事終わりホッとしたのだろう、

それを噛み締めただけだった。

最後の3000峰、富士山剣ヶ峰

Goleの沼津千本浜海岸

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