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山の日レポート

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通信員レポート

「一人の想いから始まる山 ― 岐阜・里山をつなぐ人々」第1話:戦国時代の背景が色濃く残る街

2026.05.02

全国山の日協議会

【序章】 山の日が問いかけるもの

― 岐阜から見える、これからの里山のかたち ―

日本の国土の約7割は、山地と森林によって構成されています。
この事実はよく知られていますが、
その山々が、いまどのように人と関わり、
どのように未来へ引き継がれていくのかについては、
必ずしも十分に共有されているとは言えません。

祝日「山の日」は、
山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日として制定されました。
しかしその本質は、単なる自然との触れ合いにとどまりません。

山とは、
水の源であり、
文化の基盤であり、
地域社会そのものです。

そしてその山は、誰かによって守られ、関わり続けられてきたからこそ、
いまも存在しています。

今回、岐阜県を舞台に紹介する一連のレポートは、
そうした「山と人との関係」を、具体的なかたちで示すものです。

そこには、特別な制度や大きな組織が、先にあったわけではありません。
一人の想いから始まり、人がつながり、道が生まれ、活動が広がっていく。
それぞれの立場で山に関わる人々が、結果として一つの流れを生み出しています。

道をつなぐ人がいる。
道を守る人がいる。
歴史を伝える人がいる。
競技として広げる人がいる。

そのどれもが欠けることなく、地域の里山は支えられています。
私たちは、この岐阜の事例を通じて、
一つの問いを社会に提示したいと考えています。
これからの山は、どのように人と関わっていくべきなのか。

保全と活用。
伝統と革新。
地域と外部。

そのバランスは、一律の答えを持つものではありません。
しかし岐阜の里山には、その問いに対する一つの実践的な姿が、確かに存在しています。
それは、上から与えられた仕組みではなく、現場から生まれた動きです。

祝日「山の日」の全国大会は、単なる行事ではありません。
各地で積み重ねられてきたこうした実践を、社会に共有し、次につなげていくための場です。
岐阜は、その意味において、単なる開催地ではありません。

ここで起きていることは、これからの山と地域の関係を考える上での、
一つの「提示」であると考えています。

本レポートを通じて、多くの方々が山に関心を持ち、
それぞれの地域の山と向き合うきっかけとなることを願っています。
そしてその先に、
人と山との新しい関係が生まれていくことを、期待しています。

公益財団法人 全国山の日協議会
理事長 梶 正彦

~戦国時代の背景が色濃く残る街~

本稿は、塩原将さんより「岐阜の里山」についてご寄稿いただいた原稿をもとに、当会にて編集・構成を行ったものです。 
*****

突然ですが、皆様は日本の戦国時代と聞いて何が思いつくでしょうか?戦国武将、お城、家紋入りの旗や甲冑、戦など色々な事が浮かぶかと思います。そんな時代の軌跡や土地柄が色濃く残る場所があります。そこは私の地元でもあります岐阜県西濃地区。今回はこちらの土地にスポットを当てて、里山の魅力と様々な活動で里山を楽しまれている方々や活動を通じて出会った方々と一緒になって築く里山を愛する思いなどを書かせて頂きたいと思います。

岐阜県西濃地区は一面に広がる濃尾平野を取り囲むように山々が広がり木曽三川と呼ばれる木曽川、長良川、揖斐川が流れております。夏はうだるような暑さに見舞われ冬は積雪に見舞われるそんな日本の四季を感じる自然豊かな土地になります。
有名なのは岐阜市のシンボルでもある岐阜城のある金華山。戦国時代には斎藤道三、織田信長のお城として有名で週末には多くの観光客で賑わい登山をしたりお城からの景色を楽しんだり歴史資料館等で戦国時代に使われていたとされる刀や甲冑、歴史的産物を拝見して歴史や文化を学んだりしております。

このような背景から岐阜の山と言えば金華山と言ったイメージを持たれている方が多いですが実は濃尾平野を取り囲む西濃地区の山々には数多くの城跡があります。また関ヶ原方面には天下分け目の戦いとして有名な関ヶ原の戦いの古戦場跡や徳川家康率いる東軍、石田三成率いる西軍の各武将たちの陣跡なども各所で残っております。実際に足を運び山に登るとそれぞれの土地の特性や当時の状況など書籍の文面や歴史の資料だけでは伝わらない戦国時代の色々なものが見えてくる大変面白い土地となっております。
 そんな土地柄の為、特別標高の高い山や名だたる名山があるわけではございません。しかし登山を趣味として山を愛する方々の多くは皆それぞれにお気に入りの山を持ち、登山をすることを日課にされている方が大勢いらっしゃいます。また山頂には「山頂ノート」と言うものがあり、登頂回数や登頂した記念日などを記載するノートがある山もあります。二年ほど前には当時89歳の方が金華山(標高329m)を2万回登頂した事や、昨年には脊髄の手術を行い困難な病気を克服し夫婦で百々ヶ峰(標高417.2m)を1万回登頂した事などが新聞に取り上げられて地元の方々の話題となりました。私の両親もこちらの百々ヶ峰に登ることを日課にしております。また山々を縦走し数十キロに及ぶ道のりを走ったり、同じ山を複数回往復したりなどトレイルランニングスタイルで山々を楽しむ方々もいらっしゃいます。
山での楽しみ方は登山だけではなく季節の花々を楽しみに来られる方、野鳥の写真撮影を楽しみに来られる方、夜に天体観測を楽しまれる方、山で楽器を演奏される方、皆で楽しくお話をしながらご飯を食べに来る方、山で採ってきた木の実や枝等を用いてクラフト工芸を楽しまれる方など、まるで戦国時代におのおのの山城の城主たちがそれぞれに志を用いた様に皆がそれぞれに特別な山を持ちたくさんの目的や楽しみをもって山ライフを楽しんでおります。

~当たり前で驚くべき二つの実態~

そんな山々ですが驚くべき事が二つあります。
一つ目は人々が山ですれ違うと必ずと言って良いほど挨拶が交わされると言う事です。普段道を歩いていても知り合いではない限り挨拶を交わすことは殆ど無いかと思います。しかし、山の中ではひと際すれ違いざまには必ずと言って良いほど挨拶が交わされます。そこには年齢も性別も国籍も関係ありません。また山頂や人の集まっている所などでは初対面の方とも山の話題で自然と会話が弾む事もあります。山の自然がもたらす解放感がそうさせてくれるのかもしれません。
二つ目は落ちているゴミが少ないという事です。山を登るにあたってこんな言葉があります「自分で出したゴミは自分で持ち帰ろう。一つ山でゴミを落としてしまったら二つゴミを拾って帰ろう」これは登山始めるにあたってのガイドブックに特別書かれているような内容ではございません。しかし、山を愛する誰もが自然とこの言葉を理解して実行に移しております。また山を走る事(トレイルランニング)をされている方々の中には山でプロギングを取り入れて活動をされている方々もいらっしゃいます。
 プロギングとはスウェーデン語の「Plocka Upp(拾う)」と英語の「Jogging(走る)」を組み合わせた造語で、ジョギングしながらゴミ拾いを行う活動になります。
 驚くべき二つの事の事として特別感が伝わるように書きましたが、山で活動をされている方々にとっては別に驚く事でもないごく自然で当たり前な事として認知され日々の活動では当たり前のように行われている事こそが何よりのお驚きかもしれません。
 このようにたくさんの方々に様々な里山ライフをもって愛され続ける山々が私たちにとっては何よりの名山であり、地域の里山の魅力だと感じております。

プロフィール

塩原 将
岐阜県岐阜市出身
学生時代まで地元にて過ごす。

山と自然が好きで、社会人となって登山を趣味として
クライミングやトレイルランニング等幅広く活動している。

現在
仕事の傍らで
・全国山の日協議会
・美濃國山城トレイル
・猿投山トレイルチーム「猿」
に所属し、皆様と一緒に様々な活動をしつつ自身の山ライフを楽しんでいる。

塩原将さん

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