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山の日レポート

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通信員レポート

ネパール・中国で発生した大規模土石流災害 現地レポート 6

2026.10.13

全国山の日協議会

科学委員会委員 現在カトマンズに滞在中であるマハラジャン、ケシャブ・ラルさんのレポート

2026年9月27日
マハラジャン、ケシャブ・ラル
地域農林経済学会副会長

ネパールや中国で発生した大規模な土石流災害からもう一ヶ月が経った。人命救助・レスキュー活動では生存者の発見はほとんどなく、政府も今後の活動は復旧・復帰作業を中心に進めると発表している。避難所やホールディングセンターで生活している人たちも徐々に自宅、もしくは自宅があると思われる場所に戻り、がれきや堆積した土石の中から貴重品や思い出の品を探しつつ、力強く復旧・復帰への希望を抱いている。親戚や知人、隣人のところに身を寄せて避難していた人たちも同様に自宅などの地域へ戻り、複雑な思いを抱きながら土石を除く作業をしている。皆さんに幸運がありますように祈っている。

図1:ホールディングセンターにおけるボランティア活動

図2:大洪水土石流で流されなかったバイク

図3:大洪水後懸命に復帰・復旧しようとしている姿

図4:被災地で住むことをあきらめようとする姿も

モンスーンの季節が終わる頃、ベンガル湾で発達した低気圧によるサイクロン(南アジア版台風)の影響で、ネパールでは全国的に数日間大雨となり、各地で大小の川が増水・氾濫し、土石流も起きた。特にカトマンズ盆地からポカラやチトワンへつながる主要道路が遮断された。ポカラとムスタンを結ぶカリガンダキ川沿いの道路は、川の増水でいくつかの箇所が遮断され、いくつかの橋も流された。この道路は、1か月前の大規模災害で破壊されたケルン検問所の代わりに、中国との貿易の代替通関所として使う予定だったチベットのコララ検問所まで行く主幹道路でもある。これにより当面、中国との陸路貿易は滞るだろう。

冬はさておき、秋らしさもまだ感じられない中、ヒマラヤ地域では大雪が降り、マナン地方や登山観光で有名なチャーメ近くでは雪崩が発生し、集落が流された。登山・トレッキング観光客の救助が必要な状況も生じており、山岳観光業界も頭を抱えている。

全国的な災害により、死傷者・行方不明者はおよそ50名に上っている。このサイクロンはインドのウッタルプラデシュ(UP)州やビハール州でも大規模な洪水を引き起こしている。UP州では60名以上が被害を受けたとのニュースもある。災害は続くものだ。災害は国境を越えるため、ビザやその他の許可は必要ないんだなと感じる次第だ。

こう思っているうちに、日本で毎年起きる大小さまざまな災害を思い出す。やっぱり日本もネパールも災害の多い国だ。近年、日本では台風や大雨だけでなく、線状降水帯、ゲリラ豪雨、大規模な雪崩などが頻繁に起き、被害をもたらしている。今期は日本列島の関東、北陸、中部、東北、沖縄、北海道など各地で災害が発生し、被害を出している。愛知・名古屋アジア大会の各種競技も、中断・延期・みなし試合にせざるをえない状況が生じ、参加国から不満が出ている状況だ。また、東京では34日間連続で雨が続くという新記録が生まれたようだ。日中気温が各地で35度を超える年間日数が増えている。このような現象は世界中、あちこちで起きている。このような気候の変化や気候変動について、温室効果ガスの増加、地球温暖化との関係も言われているが、これらのことについて、今後もっと考察を深める必要がある。

話をネパールの災害に戻そう。先に述べた復旧・復帰は、被災地域に自宅などがあり、そこに戻れる人のことだったが、そもそも自宅に戻れる状況ではない人や、もともと自宅などがなく、川沿いや道路沿い、野原、林など公共の場で生活しているスクワッター(不法占拠者;ネパール語:スクムバシ)は、政府が配るテントや食料をもらって、主幹道路沿いやその他の空き地でテントを張って生活している。もともと住んでいた場所の近くでテント生活する人たちはこれでしのぐしかないと言っているが、多くは早く日常に戻れることを望んでいる。以前に報告したように、トリスリ道路はカトマンズとラスワガディを結ぶ主幹道路なので、物流、観光客、巡礼者、水力発電所の従業員、道路建設関係者など多くが往来する。そのため、住民の多くは道路沿いに茶店、食堂、雑貨屋、休憩所などを雑多に経営し、生活を営んでいたようだ。しかしこの災害でその手段を失ったため、彼らが自力で復旧・復帰する余力はないかもしれない。彼らは政府が何をしてくれるか期待している。政府も黙って手をこまねいているわけではないだろう。

図5:川沿い、道路沿いに建てられている危険な居住・商業施設を兼ねる建物

図6:自宅に帰れないもしくは自宅がない人たちの仮の住まいになっている道路沿いのテント

そこでなぜ彼らはこのような危険で不安な川沿い・道路端に住むようになったのか疑問がわいた。おそらくマハバラタ山脈(派生的ヒマラヤ山脈)の山村の厳しい生活環境で「口減らし」的に人口の押し出し「プッシュ」要因はあるのだろう。また、多くの投資も行われ経済活動も活発な主幹道路による人口の引き出し「プル」要因もあることは想像できる。しかし、これらの要因だけで彼らが危険な場所に住み生活することを選ぶかのかは充分に説明しきれない。そこで、2015年に起きたネパール大地震のことを思い出し、その関連について探ってみた。すると彼らの多くは大地震の被害で自分らの村を去ることになり、あちらこちらでテント生活し、しのぎながら流れ流れて、たどり着いたのはこれらの危険な公共地だった。彼らはそこでスクムバシになり、あまり人に迷惑をかけずに生活するようになったということだった。

災害は一家をばらばらにし、貧困を忍び込ませるのだ。責任ある政府はこの問題に真正面から取り込まなければならない。とりわけ、現z世代によるネパール政府はこの問題を解決すべきと強く望まれる。

図7:連日の雨で空気が澄んだこと、ヒマラヤ地方で雪が降ったことなどでカトマンズ盆地の町から久しぶりに見えた壮大なヒマラヤ山脈

PDF:Nepal Tibet disaster Report fron Nepal 6


PDF:नेपाल र चीनमा भीषण पहिरो विपद् स्थलगत प्रतिवेदन ६


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