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山の日レポート

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通信員レポート

四国遍路 ― 1200年を歩く 第1話 四国遍路とは何か

2026.10.05

全国山の日協議会

編集部より

2027年、「山の日」全国大会が香川県で開催されます。これを機に、四国に1200年以上受け継がれてきた「歩く文化」、四国遍路を紹介します。
長年にわたり四国遍路の資料を収集・研究してきた、さぬき市へんろ資料館・片桐館長に、全12回にわたってその歴史と文化、そして現在を語っていただきます。

第88番札所 大窪寺

― 山・里・町・海辺を歩く ―

 香川県は2026(令和8)2月9日に、第11回「山の日」全国大会を2027(令和9)年8月に開催予定であることを公表した。
 「「山の日」全国大会は、2016(平成28)年より祝日となった「山の日」(8月11日)への関心を高めるとともに、国民の山と自然に親しむ機会の増進、およびその恩恵への感謝の念がさらに醸成されることを目的に、2016年から毎年8月11日「山の日」に開催されるものです。」と公益財団法人全国山の日協議会のホームページに書かれていた。
 先日、公益財団法人全国山の日協議会梶理事長が来館し、来年香川県で開催される第11回「山の日」全国大会に向けての導入として、「四国遍路」で原稿を書いてもらえないかと依頼を受けた。
 依頼を受けた時、「「四国遍路」と「山の日」、何か関係があるのか」というのがまず思ったこと。

 しかし、よくよく考えてみると「四国遍路」とは、簡単に要約すると「徳島県・高知県・愛媛県・香川県の4県からなる四国、そこにある空海ゆかりの88ヶ所の札所霊場と、それをつなぐ遍路道、全長約1,400㎞(一般的には約1,200㎞)に及ぶ壮大な寺院巡拝である。」となり、この「四国遍路」の構成要素は「88ヶ所の札所霊場」と「遍路道」である。

 この「88ヶ所の札所霊場」は、第21番札所太龍寺(標高約618m)、第66番札所雲辺寺(標高約911m)などは山の頂上付近、第25番札所津照寺、第38番金剛福寺などは海際と、札所霊場の立地はさまざまである。

四国八十八ヶ所霊場と遍路道

 香川県の西部で見ていくと、標高約911mの雲辺寺山にある第66番札所雲辺寺(行政区画では徳島県であるが、讃岐の札所、讃岐山脈の麓(里)の標高約70mにある第67番札所大興寺、遍路道は観音寺市の町中を通り、海際の標高約70mの琴弾山にある68番札所神恵院、第69番札所観音寺、そして財田川沿いを上流に行くと町中にある第70番札所本山寺と、雲辺寺山の頂上近く、里、町、瀬戸内海に面した場所に札所霊場が点在し、あたかも「山」・「里」・「町」・「海辺」を繰り返しているようにも見える。

 「山」は、彼岸・浄土ともいわれる悟りの境地、仏・菩薩がいる、汚れのない清らかな世界と考えられ、私たちが暮らす一般の世の中である俗世、四国遍路とはこの「山=聖地」と「俗世」を修行の場として、これらを往来する行為ではないだろうか。修行者や遍路たちは、「山」というものに畏敬の念を持ち、自然との対話の中で自然と一体となり、修行していたものと考えられる。

第72番札所 曼荼羅寺

 四国遍路は空海が四国の各地、海辺や山で修行し、後の時代に空海の弟子や修行者が空海ゆかりの地、旧跡を廻る修行が、四国の縁辺部を巡る修行になり、徐々に一般庶民まで広がり観光的要素も取り入れながら、今日に至っている。
 このような「四国遍路」は、空海から約1,200年、江戸時代に今の形になってからでも約350年続いており、そしてこれからも続くであろう。
 四国遍路は「空海ゆかりの88ヶ所の札所霊場」としたが、史実の上からは空海とのつながりがはっきりしない寺社もあり、四国遍路を空海厄年の42歳に開創したという縁起も歴史的には容認しがたいというのが今日の定説となっているようだ。
 今回、「四国遍路」について連載することとなり、どこまで「四国遍路」の奥深さ、魅力を伝えることが出来るか分からないが、四国遍路の歴史やこのへんろ資料館の位置付け、さらに「四国遍路文化の保存・継承」をどこまで担えるか、を考えながら話を進めていきたい。

66番札所雲辺寺がある雲辺寺山

著者プロフィール

片桐孝浩(かたぎり たかひろ)
現さぬき市へんろ資料館館長。
前職(香川県庁)で2007(平成19)年から「四国遍路」の世界遺産登録の担当となり、札所寺院や遍路道の調査に係る中で、四国遍路の魅力、奥深さに興味を持ち、退職後の2020(令和2)年4月にへんろ資料館館長に就任した。さぬき市へんろ資料館では四国遍路に関する資料の収集・調査研究に携わり、同館の展示・資料解説をはじめ、講演などを通じて四国遍路の歴史と文化を伝えている。

さぬき市へんろ資料館

へんろ資料館(2023(令和5)年に改称)がある旧長尾町(現さぬき市前山)は、四国八十八ヶ所霊場第87番札所長尾寺と第88番札所大窪寺があることで、個人や旧長尾町教育委員会に遍路関係の資料が数多く残されていた。これらの資料を展示するために、また長尾寺から大窪寺への遍路道沿いという立地も考慮して、現在の場所に1999(平成11)年に「おへんろ交流サロン」として開館した資料館で、全国でも唯一、遍路関係資料のみを展示した資料館である。
展示コーナーは、フロアー、交流室、へんろ資料展示室、企画展示室がある。正面入口を入ると中央に横幅約5.4m、奥行き約3.2mの四国全体のジオラマがあり、周囲にあるボタンを押すと四国八十八ヶ所の札所の位置が点灯する。交流室は地元住民とお遍路さん、お遍路さん同士が交流するスペース、へんろ資料展示室は、弘法大師空海からの四国遍路の歴史、通史を当館が所蔵する資料を中心に展示している。企画展示室は夏と冬の期間に企画展示を開催している。
四国遍路の歴史と文化を伝える資料館。館内では、四国遍路に関する貴重な歴史資料を収集・保存・展示するとともに、調査・研究を行っている。
また、遍路道や札所を紹介し、四国遍路を知り、歩く人たちの「旅の拠点」としての役割も担っている。

へんろ資料館外観

次回
四国遍路は、どのように始まったのでしょうか。
第2話では、弘法大師・空海と四国遍路の起源をたどります。

#全国山の日協議会
#第11回「山の日」全国大会in香川
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