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山の日レポート

山の日レポート

山の日インタビュー

静岡市消防局職員で伝説のトレイルランナー望月将悟 ふるさと井川でその自然と文化、自らのキャリアを語る(3)

2026.09.28

全国山の日協議会

鹿野 「井川には猟師さんもおられたんですか」

仁美 「職業としてというわけじゃなくても、焼き畑に行くときはイヌを連れて、鉄砲を持ってっていうのは、普通にやってましたね。クマもイノシシもいるし、シカやカモシカや、サルやウサギ、なんでもいたから。クマなんかは、獲れれば肉は近所に分けて、皮はなめして腰当にする。胆のうなんかは薬材として高く売れたし。でも、猟師だけで暮らす人っていうのは、私らの世代ではいなかったんじゃないかしら」

鹿野 「最近はクマが増えたのが問題になってますけど、ここでもそうですか」

仁美 「そうね。クマもだけど、特に深刻なのはシカで、森林の食害がひどい。木を伐ったあとに苗を植えても、ほとんど喰われてしまう。イノシシやサルには畑を荒らされる。野菜類だけじゃなく、茶畑やワサビ田まで荒らされるんだから、びっくりします」

むらかみ 「今もいろんな獣類は獲れるみたいですけど、ジビエの材料にするとかはしていないんですか」

仁美 「それもやれればいいんだけど、そのためには処理施設やら、解体するための資格やらいろいろあって、なかなかむつかしいから、そこまではやってません」

鹿野 「川での漁もされていたんですか」

仁美 「釣りも以前からみんなやってましたね。上流のほうまで行くとイワナなんかもけっこう捕れたし。でもそれも、趣味っていうのかな。たくさん捕れれば友達に配って自慢したりね。そんな具合で,お互いが助けあってっていうか、補いあってっていうか、そういう暮らしでしたし、いまでもそういうところはなくなっていません」

鹿野 「それが本来のコミュニティーっていうものなんでしょうね。東京なんかで育つと、そこいらがなかなかわからない。
望月さんも中学までは、ずっとここ井川の自然と地域社会のなかで育ってきたわけですね。そのことの意味みたいなものを考えたことってありますか」

望月 「うーん、そうですね。基本的にはここしか知らないから、当時はそれがあたりまえで、なんとも思っていなかったけど、いまになってみると、やっぱりその影響は大きかったんでしょうね」

鹿野 「山歩きもそのころ始めたわけですか」

望月 「山を歩く機会は、ここに住んでいればけっこうあったけど、わざわざ登山に行くっていう意識はあんまりなかった。中学のころも、スポーツ自体にはあまり熱心じゃなかったし。ただ走るのは速かったし、好きでした。中学生のころは家から学校まで6キロくらいあって、けっこうな坂道なんですけど、往復ともほとんど走ってましたね」

鹿野 「で、高校は市街地に出て、一人暮らしだったんですね」

望月 「ええ。すっかり環境が変わって、クラブにも入らず、ちょっとやんちゃな暮らしをしてまして・・・」

鹿野 「そして卒業した後は消防局に就職した」

望月 「はい。それで、採用されると、まず6か月間は消防学校で訓練されるんですけど、そこで初めて、同期の人たちには負けたくないっていう気持ちになって、訓練には本気で取り組みました」

鹿野 「そのあとすぐ現場に配属されるんですか」

望月 「そうです。最初はやっぱり先輩たちについてゆくのがせいいっぱいで、どうしたら足手まといにならずに済むか、必死でしたね」

鹿野 「それはそうでしょうね。本格的な山登りも、そのころ始めたんですか」

望月 「はじめは先輩に誘われて、連れて行ってもらいました。消防士の仕事の中には、山岳遭難の救助なんかもあって、そういう経験をした先輩方もいるから、基礎からいろいろ教えてもらいました。そのうちにトレイルランのことを知って、レースに出るようになったんです」

鹿野 「僕も山登りをしてたけれど、いつも学校の山岳部っていうチームでやることが前提だった。でもトレイルランの場合は、あくまで個人の力が問われますよね」

望月 「そうですね。レースになれば、たしかに他の人に負けたくないって思いますけど、でも僕の場合はそれ以上に、自分の限界を超えたいっていうのが強かったですね。だからある時期からは、勝つっていうより、それまでやったことのないような負荷をかけてレースに出るとか、そんなことをするようになりました」

鹿野 「そういえば、いま気がついたんだけど、トランスジャパンアルプスレースだと、最後は井川に降りてくるんですね。そこを走っているときって、どんな気分になるのかしら」

望月 「それはもちろんうれしいし、あと少しだっていう気持ちもあります。でもそれ以上に、応援してくださる方たちとか、特に運営してくださる方たちへの感謝の気持ちが強いですね。僕の場合、仕事の経験からも、こういうレースを運営するのがどれだけ大変か、特に安全を確保するのに万全を期したつもりでも、最後まで絶対に気を抜けないってことを骨身に染みて知ってますから」

鹿野 「なるほど、そうだろうな。普通の参加者でも、もちろん感謝の気持ちはあるんだろうけど、望月さんの場合は、仕事がら、それとちょっとちがう要素があるわけだ。
で、今は逆に運営側として参加することもあるんですか」

望月 「地元の小さなイベントなんかではありますけれど、おおきなレースでは、なかなか・・・。ゲストとして呼ばれて行くというのはありますけど、それはわりと気が楽といいますか、純粋にその土地柄や山も楽しめて」

鹿野 「それで、消防士としては、いまも現場におられるわけだけど、ふだんの勤務はどんなものなんですか」

望月 「ふつうは朝の8時40分から24時間勤務で、そのあと1日間非番と言って休息が入ります。今日はちょうど勤務明けで、そのまま駅へお迎えに行ったわけです」

鹿野 「あ、ではお疲れのところ、もうしわけない」

望月 「それは大丈夫です。なにもなければ、多少の仮眠時間も取れますし、慣れてますから。休みの日には井川の家にもよく来てますし」

鹿野 「で、いまは年齢的にもキャリアからも、部下というか、後輩というか、そういう方たちを指導する立場になっているわけだけど、そのなかで特に意識してきたことってありますか」

望月 「自分は話して教えるとかはあんまり得意じゃないんで、まあいっしょに仕事をしながらっていうか、トレランに出てたときも、それ自体は仕事じゃないですけど、でもある意味で仕事につながる能力、究極的には人を救える力を高める要素もあるわけだから、俺のやることを見てもらって、なにか感じてもらえればってことですかね。
それで、たとえば後輩の中には何人か、トランスジャパンアルプスに挑戦したいっていう人もいたり、山の事が好きになってくれたり、自然に興味を持ったりとして、そういう人がいるのは、やっぱりうれしいですね」

鹿野 「それはすばらしいことだよね」

むらかみ 「望月さんが現場でいちばん大事にしていることって、なんですか」

望月 「僕がっていうより、一般論だけど、消防士として現場でいちばん大事なのは、まず自分達のできることの限界を見極めることですね。人を助けたいって思っても、そこで無理をして、あるいは判断を誤って、結果として自分が戻ってこられないんじゃ、話にならない。現場っていってもいろいろありますから、それぞれの場でなにをどこまでできるか、冷静に状況判断をして、限界を見極めることに尽きますね。年をとっても、現場にたくさんでてもそれがむつかしい」

鹿野 「消防っていえば、どうしてもまず火事を思い浮かべてしまうけど、実際はかなり多様な現場がありますよね」

望月 「はい、そうなんです。地震とか気象災害とかもそうですし、山岳遭難の救助もあります。救急車での出動も消防だし、それぞれの現場では特殊な車両や機材も使いますけど、それらもどんどん新しいものが入ってくるから、その扱いに習熟することも必要です。
それに災害の現場っていうのは、自分が選ぶわけじゃないんで、いつどこでなにが起きても、そこへ行くのが仕事ですよね。
災害現場のほかに、防災も仕事ですし。だからそういう意味では、きりがないっていえばそれまでですけど、常に新しい課題に向き合って勉強したり訓練して、すこしでも自分の限界を広げることに尽きますね」

鹿野 「今日は長時間、ありがとうございました。今回はここまでとしますが、協議会のアンバサダーにもなっていただいたことだし、また機会を作っていろいろ話をうかがおうと思います。個人的にも、望月さんに会うのは昨年の国際山の日2025以来だけれど、今日ここでゆっくり話ができて、あ、話が分かりあえるいい友達ができたなって思えて、それもうれしかった」

望月 「私の方も、遠路を井川まで来ていただいて、そういっていただいてうれしいです。今後ともどうぞよろしくお願いします」

(終)

語り手:山の日アンバサダー 望月将悟
「南アルプスをみんなに知ってもらい大使」「静岡市消防局職員」
聞き取り:2026年5月 静岡市井川地区
聞き手:鹿野勝彦、むらかみみちこ
構成・執筆:鹿野勝彦(全国山の日協議会 科学委員会副委員長)
写真撮影:むらかみみちこ(全国山の日協議会 科学委員会担当理事)

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