山の日レポート
山の日インタビュー
「宙師(そらし)ラマ・ゲル・シェルパ 登山で培った技術で、いま信州の森を守る」5
2026.06.02
鹿野 「少し話が飛びますが、2015年の4月と5月にネパールで大地震がありました(注)。ソル・クンブでも大きな被害が出て、僕も2016年にはソルの中心集落のサレリへ行って様子を見てきたんだけど、タプティンのあたりはどうだったんですか」
ラマ・ゲル 「タプティンの村では、さいわい人的被害はなかったけれど、村に電気を送っている電柱がだいぶやられたんです。で、私もなにかしなくてはと思ってたから、電柱を修復することにしました。全部で65本分だったかな」
鹿野 「それは個人として?」
ラマ・ゲル 「個人というよりも、レストランのお客さんや、知り合いからもたくさんの支援をもらいました。支援Tシャツを作って、その売上を電柱の修復費用や村の子どもたちの通学用リュックサック購入費用に充てました。カトマンズのあたりなら、政府や外国からの支援も多少はあったけど、地方の小さな村には公的な支援はほとんど来なかった。村の人は、もともと期待もあんまりしていないし。だからあのときも、外国に住んでいる家族とか友達とかの支援に頼るしかなかったという面がありますね」
鹿野 「それは僕も感じた。ネパールでは普段から外国に出稼ぎに行った人たちの送金が、経済の中で占める割合が大きいわけだけど、地震のときなんかはとくにそうだよね。シェルパの場合、特に外国に住んでいる人と、出身地の村やそこに住んでる人たちとの結びつきが強いって感じました。
ところで、このあたり、つまり松本市やその周辺、もっと広くは長野県内に、いまネパール人はどれくらい住んでいるのかしら」
ラマ・ゲル 「さあ、人数のことは私もよく知りませんが、だいぶ増えてきたのはたしかですね。ネパール料理のレストランは、松本周辺でもあちこちにできたし。ネパール料理っていうか、インド料理のコックは、ヴィザが取りやすいこともあるのかな。日本語の専門学校の学生なんかもけっこう増えました。ただ、そういうネパール人全体としての結びつきは、あんまり強くない。日本にいるシェルパということなら、おそらく全体で300人くらいで、私も大部分の人は個人的にもよく知っていますけれど」
鹿野 「山の日協議会のHPで紹介しているダルマ・ラマさんのいる富山県だと、彼が音頭を取って、県内に住むネパール人が集まって、ダサインっていうネパールのお祭りをやったりするけれど、このあたりではそういうことはないんですか」
ラマ・ゲル 「それはないですね。ここいらでも、シェルパの人たちが集まって、ロンサールっていう、チベット暦の新年をお祝いしたりはしますけど」
鹿野 「ネパール人が集まってというのは、むつかしいのかな」
ラマ・ゲル 「それはなかなかむつかしいですね。ネパール人が関係するトラブルのことも、ときどき聞こえてきますけれど、どうしようもない」
鹿野 「そのへんは、むつかしい時期に来てるんでしょうね。ネパールから来る人のほうは、日本に来ればお金が稼げるはずだと思って、無理をして借金をしてでもくる人が多いし、日本のほうは、安い労働力が欲しいから受け入れているわけだけれど、文化の異なる国や地域の人とうまくやってゆくための経験も知識も不足している。
でも、ラマ・ゲルさんや、ダルマ・ラマさんみたいに、日本の地域社会に溶け込んで、そこでかけがえのない存在になっている方に会うと、ほっとします。
撮影:理事むらかみみちこ
今回はこれで終わりますが、また機会を見てお話を聞かせてください。ありがとうございました」
ラマ・ゲル 「私もお話しできて、楽しかったです。これからもどうぞよろしく」
(注) ネパールでは2015年4月と5月にマグニチュード7から8の大地震が2回、首都圏の西と東を震源地として発生し、被害は地震を直接の原因とする死者約9、000人、負傷者約22、000人、全壊の家屋が60万戸以上といわれる。また政府が2017 年4月に公表した数値によれば、外国や国際機関などからの支援金を主要な財源とする復興予算約41億米ドルのうち、その時点で執行された金額は約10%にとどま
っていた。なお、地名の位置については、本シリーズ1回目の地図も参照されたい。
槍ヶ岳登山2024.8 ラマ・ゲルさん提供
槍ヶ岳登山2024.8 ラマ・ゲルさん提供
槍ヶ岳登山2024.8 ラマ・ゲルさん提供
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