
山の日レポート
通信員レポート「これでいいのか登山道」
【連載48】これでいいのか登山道
2026.09.05
連載48回目となりました。日光ネイチャーガイドの宮地信良さんによる「日光からの報告」の3回目です。今回は「ガイド中にクマに出会った」というテーマで、遭遇した際の状況や対処法について記していただきましたので、ぜひご覧ください。
また、皆様が「山の道」について思うこと、考えることなども、ぜひ、ご寄稿くださいましたら幸いです(ご寄稿先メールアドレスは文末にあります)。

コース近くに現れたクマ(日光)
宮地信良(日光ネイチャーガイド)
私は今、栃木県の日光でガイド事業を行っている。主なフィールドは奥日光なのだが、近くの尾瀬や足尾などもガイドしている。ガイドをする中で、時々クマにも出会う。今回はガイドとして自然の中を歩く中で、クマに出会った時のことなどを書いてみたい。

この岩の先でクマと遭遇した(山の鼻~鳩待峠間)
日光も尾瀬もツキノワグマの生息地である。奥日光では、小田代ヶ原や西ノ湖周辺でクマを見かけることが多い。また意外に思われるかもしれないが、人が最も多い戦場ヶ原ハイキングコースの周りでも時にクマを見かける。私が今までガイド中に至近距離で遭遇したのは尾瀬の山の鼻近くだった。その時のことをお話ししてみたい。
尾瀬ヶ原を歩いた帰り、山の鼻から鳩待峠へ向かう道を少し行ったところだった。この日はガイドを先頭に12人のお客様を連れて歩いていたのだが、同じ日に続けて2回クマに遭遇した。1度目は山の鼻を出発して間もない平坦な森の100mほど離れた場所でクマを発見した。距離があるので危険はないと判断し、クマに出会った場合の行動方法についてその場でお客様に説明をした。クマが遠くの場合はクマを無視するように静かに過ぎ去ること、近くの場合はクマの方を向いたまま静かにクマから離れること、クマに背中を見せて走ったり、騒いだり、写真を撮ったりしないこと等々。その後、そこから数百メートル歩いた曲がり角の岩陰に差し掛かった時、5mほどの至近距離でガイドが突然反対側の木道上にいたクマと鉢合わせした。先ほど話したことが実際に起こったわけである。お客様には静かにクマから離れて順次行き先方向に進んでもらったのだが、10人ほどが移動した時にクマがゆっくり歩き始めた。残ってしまった2人には木道から下りてクマから遠ざかるよう指示した。その後クマは何事もなかったかのように反対の森の中に消えていった。クマの対処法についての説明を聞いたばかりということもあって、お客様は皆落ち着いてガイドの指示に従ってくれた。
この8月に環境省等が「クマスプレーの性能に係る推奨要件」を発表したが、私の会社では今年のシーズン初めにガイド全員でクマスプレー実射テストを行った。実射の場所はハイキングコースや市街地から離れた、人の来ない広い場所を選んだ。自分に液がかからないよう風下方向に向かって噴射することが絶対条件だったので、風の方向を見極めることから始めたが、これが意外と難しい。指をぬらして高く上げ、風を感じる方向が風上と考えたが、風は巻くこともあり、また時間が経つと方向が変わることもあった。風向きを慎重に見極めて風下にならないよう気をつけ、帽子、ゴーグル、マスク、手袋で完全防備をしてテストに入った。スプレーの説明書に書かれた噴射距離を目安にターゲットを置き、数種類のスプレーを使って一人ずつテストを行った。その結果、噴射距離は説明書より短いものもあり、またメーカーによって霧の出方が違うということも分かった。細かい霧状になるものは液が霧散して効果が薄く、また噴射した人にも液がかかりやすいなど不都合が多いと思われた。
スプレーの性能も大事だが、何よりもスプレーを正しく使えなければ効果がないばかりか、人に危害を加えることになる。実際の山道では風下に人がいない時ばかりではない。他人に強烈なカプサイシン入りの液がかかれば傷害罪で訴えられることもあり得るだろう。結論として「ガイドの現場では、よほどの危急な事態でない限りクマスプレーは使えない」ということだった。

クマスプレー実射テストの様子
最近、全国各地でツキノワグマとの遭遇が増えているとの報道が連日のように行われているが、これらの報道については大きな誤解があると思う。それは「クマと遭遇すること=危険」と思われていることである。里や市街地で人間の食べ物の味を知ったクマ(アーバンベア)の場合は、確かに危険が大きいだろう。しかし山に住み着いているクマ(ワイルドベア)はこれとは違うと私は考えている。私の会社では小学校等の修学旅行のガイドも行っているが、今年は「クマが出るのでハイキングは中止にします」という理由でキャンセルが相次いだ。「ガイドさんはクマスプレーを持っていますか?」と聞かれることも多い。しかしガイドをつけたり、クマスプレーを持っていることよりも、山で重要なのはクマに出会わないようにすることと、クマに出会った時の正しい対処法を全員が知っておくことである。このことで登山やハイキング時の被害は大きく減らせるのではないだろうか?このような考えから、私の会社ではガイド前に、もしクマに出会った場合はどうしたら良いかという話を必ずすることにしている。
また自然条件の違いも心得ておくことが必要だろう。積雪の多い日本海側の山は背の高いチシマザサ(ネマガリタケ)が生えていることが多く見通しが悪い。逆に積雪の少ない太平洋側の山は背の低いミヤコザサのことが多いので、見通しが良いためクマに気づきやすく、比較的安心である。またクマはいろいろなフィールドサインを残す。クマ棚、クマハギ、太いフン、防腐剤を塗った標識のかじり跡等。これらを知っておき、クマがいることが分かったら警戒心を一段高めるということも必要であろう。
奥山で自然の状態で生活しているクマは、対処法さえしっかり身につけていればそれほど危険性が大きいものではないというのが私の実感なのだが、いかがだろうか。

クマハギ(歯の跡が長く揃っている、樹皮が残る)

シカの食害跡(歯の跡が短く不規則、角の跡がある、樹皮は残らない)
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