閉じる

閉じる

山の日レポート

山の日レポート

通信員レポート

立山信仰の世界へようこそ!【連載5】立山に地獄あり -平安時代の立山地獄説話-

2025.12.25

全国山の日協議会

 みなさん、こんにちは。富山県[立山博物館]館長の高野です。

 立山信仰の特色は、山中にある地獄の存在です。立山の地獄思想は、人が死ぬとその魂は山中に行くという古くからの日本人の考え方が、仏教の死後の思想と結びついて生まれたと考えられています。今回は、平安時代末の『法華験記』や『今昔物語集』などに登場する「立山地獄」の仏教説話を紹介しましょう。

立山地獄谷

(1)立山の地獄谷

 立山火山(弥陀ヶ原火山)の活動は、今から約22万年前に始まったとされます。約10万年前には大規模な火砕流噴火がくり返し発生し、弥陀ヶ原台地が形成されました。約4万年前以降に水蒸気爆発によって形成された爆裂火口が、地獄谷やミクリガ池、ミドリガ池などになっています。
 地獄谷では、現在も熱湯の沸きかえる池や火山ガスの噴気がいたる所で見られます。また、昇華したイオウの結晶による鮮やかな黄色が点在し、硫化水素や二酸化イオウが含まれる噴気が放つ異臭もあり、不気味な景観が広がっています。
 平安時代には、諸国の霊山をめぐる山岳行者が、こうした山中の非日常的な景観を見て、都で立山の地獄を伝達したものとみられます。『今昔物語集』には「日本国の人、罪をつくりて、多くこの立山の地獄におつといへり・・・」とあり、都の貴族や僧侶の間で「立山に地獄あり」と認識されていたことがわかるのです。

ミクリガ池付近から見た夏の地獄谷

(2)平安時代の立山地獄の話①

 『大日本国法華経験記』巻下第124「越中国立山女人」には、次のような説話があります。
 ある行者が立山を訪れ、山中で若い一人の女性と遭遇します。女性は近江国(現:滋賀県)蒲生郡(がもうぐん)に住む仏師の娘で、仏物を売って自分の衣食にあてた罪で、死後に地獄におちて苦しんでいると語ります。また、こうして地獄を離れてここに現れ出ているのは、生前に観音を祈念し、1度だけ持斎(じさい)を行った善い行いにより、観音が毎月18日になると地獄の責め苦を肩代わりしてくれるからだと語り、行者に父母への伝言をたくします。これを聞いた家族は、法華経書写の供養を行い、その功徳で女性は地獄から忉利天(とうりてん・天界の一つ)に転生したといいます。これとほぼ同じ話が『今昔物語集』巻第14第7にも登場します。

初夏の地獄谷と剱岳

(3)平安時代の立山地獄の話②

『今昔物語集』巻17第27には、次のような説話があります。
 延好(えんこう)という名の行者が、立山山中でこもり修行をしていると、夜の丑時(午前2時ごろ)に人影があらわれて、自らを「京都七条の女」と名乗ります。女性は若くして死に、立山の地獄におちていると語り、生前に祇陀林寺(ぎだりんじ)の地蔵講に1、2度参加したことがあり、その善い行いにより地蔵が地獄にやってきて朝昼夜のうち3回だけ代わりに責め苦を受けてくれるのだと語ります。そして延好に伝言をたくし、それを聞いた家族は地蔵菩薩像をつくり、法華経を書写した結果、その女性は苦しみから救済されたといいます。
 なお、この説話は鎌倉時代に絵画化され、現在はアメリカのフリーア美術館に「地蔵菩薩霊験記絵巻」として収蔵されています。

火山ガスが噴き上がる地獄谷

(4)平安時代の立山地獄の話③

 また、『今昔物語集』巻14第8では、「立山地獄」を舞台とする説話があります。
 越中国(現:富山県)の書生(しょせい・役所の事務員)が、病死した妻の49日の追善供養を行い、その後、子ども3人が母をしのぶために聖人とともに立山に登ります。立山地獄へ赴くと、死んだ母の声が聞こえます。母は、地獄から脱出するために「法華経」千部を書写し、供養するよう子どもらに依頼します。その願いは国司の耳にも入り、書写を完成して法会を行うと、母が地獄から忉利天に生まれ変わったと、夢のお告げを受けたといいます。

 平安時代の説話では、立山の地獄谷の中あるいは山中において、地獄におちた女性が登場します。そして、いずれの女性も法華経の写経による滅罪供養(法華経を写経すると罪が滅びるとされる)により、地獄の苦しみから救われたとしています。
 こうした立山の地獄に関わる話は、その後も形を変えてつくられ、立山は「地獄が実在する山」として知られるようになりました。さらに、江戸時代には「女人救済の山」として多くの女性の信仰を集めることにつながっていくのです。

地獄谷伽羅陀山の石造地蔵菩薩立像

立山曼荼羅大仙坊A本(大仙坊蔵)

立山地獄の場面(立山曼荼羅大仙坊A本部分、大仙坊蔵)

 次回は、立山の帝釈天と閻魔王がテーマです。引き続き、連載にお付き合いいただければ幸いです。

◎立山博物館展示館では、立山地獄の説話をタッチパネルで分かりやすく紹介しています。また、特別企画展の展示解説図録『文学にみる立山』、『地獄遊覧』、『立山×地獄展』がオススメです。購入方法については、立山博物館(076-481-1216)までお問い合わせください。

立山博物館展示館・常設展示「立山地獄」コーナー

RELATED

関連記事など