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山の日レポート

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自然がライフワーク

【連載:西表島と私】 その6 「イリオモテヤマネコ」

2022.06.15

全国山の日協議会

1) イリオモテヤマネコとの出会い

 初めてイリオモテヤマネコに会った時のことを、今でも鮮明に覚えている。1974年10月10日の夕方である。いつものように餌の肉片を置いて自動カメラを設置した後、私はカメラの故障に気づいた。もうすぐヤマネコが来る時間である。
 私はあせる気持ちを抑え、ライトをたよりに地面に腹ばいになって修理を続けた。「もうすぐ直るぞ!」ほっと一息した時、私はすぐ近くの林内をこちらへ向かって来る動物の気配を感じた。「ヤマネコだ」、私はそう直感した。「今、来ないでくれ」、そう願うだけでどうして良いのかわからなかった。地面に伏せたままライトも消して、ただ震えていた。
 ここに人がいることを知ったら、ヤマネコは二度と来なくなるのではないか。今までは自動カメラしかなかったから、ヤマネコは危険が無いと理解して、毎晩来るようになっていたのに。

「イリオモテヤマネコ」観察初期の頃に撮影(1974年)

 ヤマネコがすぐ脇の薮から出て来た。わずか3メートルの距離。「もうだめだ」、私はとっさにライトを当てた。2つの目が金色に光り、緑色を帯びた虹彩まではっきりと見えた。
 なんと美しいのだろう。ヤマネコは黒く、想像していたより小さく見えた。次の瞬間、ヤマネコは跳びはねるように林内へ消えてしまった。
翌朝、現場へ向かった。餌は食べられ、カメラもいつも通りに作動していた。「よし、やろう」。結果しだいではと、考えていた計画を実行に移すことにした。
 その計画とはヤマネコに気づかれないように直接観察することであった。

「観察小屋」里近くに数カ所設営し、毎夜ここからイリオモテヤマネコを観察した。

2)イリオモテヤマネコとは

 イリオモテヤマネコは1965年に発見され、2年後に新種のヤマネコと発表された。とはいえ、島の人達は古くからこのネコのことを知っており、ピンギマヤー(野良ネコ)と区別してヤマピカリャー(山中で光るもの)と呼んでいた。山で偶然出くわした時、タイマツを反射して異様に光る目の印象から、そう呼ぶようになったのだろう。

 イリオモテヤマネコは、成長したイエネコと同じか、少し大きいくらいのネコである。胴長で短足、決してスマートとは言えない。しかし、がっしりした四つ足、太くて長い尾、精悍な顔つきは、イエネコよりずっと大きな印象を与える。胴と尾の上面はコゲ茶色。側面は灰褐色の地に、小さく不明瞭な暗褐色の斑紋が密に分布している。丸い耳、大きな鼻、目と鼻を縁取る白線は、小型ネコというより、トラなどの大型ネコを感じさせる。

 イリオモテヤマネコは、集落内と隣接した耕作地を除いて、西表島のどこにでもいる。海岸や湿地帯で目撃することもある。ただ、奥深い山岳地帯より、山麓部や低地に多いようだ。しかし、数が多いということではない。数は80~100頭と推定され、この数は、私の調査では、発見当時から変わっていない。

私の観察場にやって来たイリオモテヤマネコ

 2~4月が交尾期で、その頃にはめったに鳴かないヤマネコの声が聞かれ、2匹の出会いを目撃することも多い。鳴き声は、「ニャー、ニャー」とイエネコと同じように聞こえるが、争う時は「ワンワン、ワンワン」と、イヌの喧嘩と同じだ。
 その後、約2ヵ月の妊娠期間を経て、初夏に2~4頭の子を産む。

設置したカメラをチェックし、チェック後には尿をかける。

3)狩りの行動から休息まで

 ヤマネコの糞分析により、西表島のほとんどの生き物が捕食されていることが分かった。クマネズミ、イノシシの子、オオコウモリ。鳥類ではハト、クイナ、ヒヨドリが多く、その他ヘビ、トカゲ、カエル。昆虫類ではコオロギ、カマドウマ、コガネムシが多い。コオロギやカマドウマは一つのフンから大量に出てくる。その他、カニ、小さな魚も時々食べている。

「フン」食性を調べるための重要な資料で、850回分、2300個を分析した。

 野生のイリオモテヤマネコを、見るべくして見てきた最初の人間は私だろう。大学院生時代、私は毎晩イリオモテヤマネコを観察し、その記録を博士論文としてまとめた。

 イリオモテヤマネコは、どんなふうに狩りをするのだろうか。山野を歩きながら獲物を探し、できるだけ近づいてから襲う。もちろん、獲物の通り道で待ち伏せもする。眠っている鳥や動きが鈍いカエルなどは、前足で押さえることをせずに、直接口で捕らえる。しかし、ネズミのように動きが速い獲物は、至近距離からダッシュし、前足を使って捕らえている。
 攻撃直後、藪へ引きずり込み完全に獲物の息の根を止める。その後、安全に食事ができる場所へ獲物を運ぶ。そこで食事を始めるのかと思いきや、いったん獲物を置き、しばらく、その場から姿を消す。周囲の安全を確かめているのかも知れない。

私の観察場にて

 食事は、数分~10数分経って再来してからだ。獲物がハトの大きさなら、最初は胸に食いつく。羽毛をむしり、肉、骨をちぎって内臓を露出させ、ほとんどを食べてしまう。しかし、大きな嘴、足などは羽毛と一緒に残すことが多い。ネズミくらいの大きさの獲物は、残さずに全部食べてしまう。
 食後は丹念な毛づくろいと休息。毛づくろいはイエネコと変わらない。休息は、やや前傾の姿勢で、前足を胸の下におさめ、やがて目を閉じる。

「ヤマネコに襲われたキンバト」天然記念物もおかまいなし。

 木登りも生活の一部になっている。オオコウモリや、樹上で眠る鳥、昆虫類を食べている。島の人たちから聞いた話では、川も良く泳ぐそうだ。
 イリオモテヤマネコは形態的にはアジアのベンガルヤマネコに一番近く、狩りの行動を見ても、旧大陸に現存するヤマネコの特徴をもっている。山麓部に多いので、夜間、自動車道路を走るだけで遭遇する可能性が高い。1977年、国の特別天然記念物に指定されている。

樹上も生活の一部、樹上で眠る鳥やオオコウモリを襲う。

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