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山の日レポート

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通信員レポート

ミスター富士山手記【運命の生涯登山】 8.記念登山 ①

2026.06.27

全国山の日協議会

文・写真提供 實川欣伸さん

私はこれまでに節目節目の記念登山を多く行ってきた。一般に言うゼロ富士では事足りず、裾野を広げ独自の“ゼロ富士山行”を実践した。

1回目は、某テレビ局の某番組1000回と私の100回登頂の合同記念企画だった。

登頂100回記念・某番組1000回記念合同企画スタートの東京駅前,撮影の様子

エピソード1 100回登頂記念 テレビ番組との合同企画

8月22日午後2時、東京駅を中学時代の友人と出発。真夏の東海道は照り返しで暑さが半端じゃない。炎天下歩き続けるも夕方、川崎市の多摩川を渡る手前で友人がバテてリタイヤ。一人で横浜市に入ると、鶴見駅付近に中学の同級生6人程が応援に来てくれていた。夜の横浜駅前では、妹夫婦が“夕食に”と差し入れをしてくれたおにぎりを食べながら歩き、戸塚では、職業訓練校時代の友人が家族と一緒に栄養ドリンクを差し入れてくれ元気をもらったが、夜になっても汗が噴き出す程の熱帯夜ハイクはキツかった。
朝方、湘南から小田原市を歩き、箱根駅伝でもお馴染みの“大平台コース”を登り、乙女峠を越える辺りで、沼津市の簿記教室でお世話になった先生が原付きバイクで激励に来てくれ元気が出た。夕暮れ時、御殿場市に入った。真夜中の東富士演習所前を歩いていると、フェンスに隊員がへばり付いていて心臓が止まりそうになった。演習を監視していた隊員だった。

撮影の様子2

夜明けと共に富士山に登り始め、6合目辺りで見た朝焼けがとても綺麗だった。
山頂に着くと、会社の同僚や次男が100回記念の横断幕を広げて待っていた。不眠不休で計43時間30分の山行。今回は私の100回記念と某テレビ局の記念も兼ねていた為、東京駅のスタートから随所密着取材をしてくれていて、後日、某番組1000回記念・實川欣伸100回記念祝い企画として放映された。

登頂100回記念・東京駅からの山頂

同上(先回りしていた仲間、次男と)

エピソード2 200回登頂記念

次は200回記念登山。2002年11月2日午前0時、伊豆下田和歌の浦海岸を山友と3人で出発。下田の街を抜けると真っ暗で閑寂。下田警察署~お吉ヶ淵を通るのが苦手だったが今日は3人なので心強い。ループ橋を過ぎると真っ暗な中を歩く。車も全く通らない。昭和の森に着く頃から雨が降りだした。韮山辺りで雨が止んだ。246号線を歩き須山~日本ランドを歩き、富士山5合目に8時頃到着。会社の同僚等8人が待っていて一緒に登る事になった。8合目に着くと昨夜の雨で積雪になり6人がリタイヤし、5人で登頂した200回記念登山だった。不眠不休で計38時間30分。

登頂200回記念・伊豆下田からの富士山頂

エピソード3 還暦記念登山

還暦記念。2003年10月4日午前6時、富士山スカイライン高鉢旧料金所出発。富士山一周ビックウォーク登頂だ。馴染みの写真店の女性が一緒に歩きたいと言うので2人で時計回りに富士宮に向けて出発。沢を見つけると彼女は沢の上流と下流を写真に写す。富士山には八百八沢と言われるほどの沢が有り、沢を見るたび写真を写すので思うように歩けず困惑したが、まかいの牧場に着いた際、女性が「足を痛め歩けないので此処でリタイヤする」と言うので正直助かった。大幅に時間をロスしたので急ピッチで頑張ったが、予定より遅れ暗くなって青木ヶ原樹海に着く。道路を走る車が、私のことを「自殺者ではないか?」と思い見ているようだった。無事に山中湖の街に入ったところで、山友の女性が夜食を持って来て食事をさせてくれた。元気をもらい深夜の籠坂峠に差し掛かると、ローリング族かと思う車が私の横で止まり“カツアゲでもされるのか”と身構えたが、「オジサン乗っていきませんか」と言ってくれた、親切な若者だった。事情を話し断った。早朝、西富士の基地を通り、高鉢旧料金所に着くと、山友の女性2人が車で来てくれていて朝食を御馳走になる。5合目から最終行程の登山だ。6合目の宝永山荘を通ると、主人が「下りてきたらお汁粉を作っておくよ」と送り出してくれた。山頂は強風が吹き荒れていた。「還暦祝いだ」と、次男にもらっていた赤い帽子とチャンチャンコを着て記念写真を撮った。不眠不休で計35時間30分。

還暦記念登山・富士山一周からの山頂(次男からもらった赤い帽子とチャンチャンコ)

エピソード4 300回登頂記念

300回記念は、2006年10月15日、下田駅近くの下田富士登山からスタート。伝説の下田富士(お姉さん富士)は、美しい妹富士(駿河富士)に引け目を感じ、姿を隠すために間に天城山を作ったと言われ、女人禁制の石碑も有り歴史を感じる山だ。191mの山頂に登り午前0時に出発。同行してくれたのは、北米・カナダから自転車で南米のチリまで走破したアウトドアのスペシャリストで、富士山のガイドでもある小曽戸氏。心強い山友だ。山頂のロープウェイ寝姿山駅~下田警察署~お吉ヶ淵を歩き、ループ橋を下ると天城七滝入り口で、ここからは人家も無くなり自然豊かな中を歩く。伊豆半島縦断だ。天城トンネル入り口を過ぎ昭和の森で小休止。静まり返っている浄蓮の滝や天城いのしし村を過ぎると天城湯ヶ島の街を歩き、伊豆長岡駅前のレストランで朝食をとり三島駅目指して歩いた。三島警察署前を通り1号線を渡ると佐野美術館~駿豆線の踏切を渡り、暫くすると三島駅前の楽寿園前だ。R246から須山に向かう頃に二日目の夜になった。疲労と寝不足で、富士の裾野の緩やかな登り坂がキツくなってきた。バス停の椅子で小休止。須山から日本ランドを歩きイエティスキー場を過ぎた辺りで異変、幻覚症状だ。周りの木々に大きな木蓮のような花が咲いていたり、目の前に雲が浮いて見えたりを体感。そんな限界状態で水ヶ塚公園前から須山登山道に入り、宝永火口から富士宮6合目着。大勢の登山者に応援して頂き、常連の仲間の待つ山頂に登頂。不眠で35時間30分、キツかった。

300回記念登山スタートの下田富士山頂(右端が小曽戸氏)

記念登山は続く

“記念登山”は毎回ハードなのだが、区切りの回数時には独自の記念登山を行い、現在も多くの友人と楽しんでいる。 
次回は1000回記念の珍登山をお伝えしよう。 

登頂300回記念・下田富士からの山頂

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